2010年11月30日火曜日

■心の病のもと「こころの渇きと飢え」-篠塚和典物語⑨

「こころの渇き」、「こころの飢え」、これが≪心の病のもと≫。

なぜ、今の世の中に「心の病」が多いのか?

それは、言うまでもないでしょう、

「こころの渇き」、「こころの飢え」が、心の病の主な原因なんです。


私たち、人間は「からだ」と「こころ」で構成されている。

当たり前なことだ!と、あなたは言うかもしれない。

しかし、現代人は、こんな当たり前なことがわからなくなっているのだ。


自然の形、自然の働き、「当たり前の尊さ」を知ることだ。

太陽は今もなお、東にのぼり、西に沈む。

こんな簡単な動き、こんなシンプルな動きを、太陽は何年もそうして動いている。

その「お陰さま」で、私たちは太陽の恩恵を受けて生きている。

そんな太陽は、単純で、芸がない、バカなやつなんでしょうか?

私は、あきれて口がふさがらないほど、太陽ってやつに、本当に感動させられるのだ。


あなた「天の高さ」知ってますか?

あなたは知ってますか?太陽の高さ?

太陽の高さ、これが、「天の高さ」なのだ。

見上げれば、私たちの頭の上には天の一面。

そんな天の高さに、私たち人間は届いたと言えるのでしょうか?


「こころ」って、いったい何が食べたいのかな?

私たち人間は、「心を癒す」といって、美しいものを見て、きれいな音楽を聞いて、

おいしい物を食べて、柔らかい物をさわって、いいにおい嗅いで、こころが感動する、

感激する、気持ちがいい、と言っているが、

では、これだけ物が豊かになっても、なぜ、人間のこころが病むのか?


言うまでもない、それは、こころが食べたいもの、こころが見たいもの、こころが聞きたいもの、

こころが触りたいもの、こころが嗅ぎたいもの、こころが求めているものではないからなんです。


体が住む世界と、心が住んでいる世界は違うのだ。

体の「五感」が求めているものを、あなたがどんなに満たしてあげても、それは体のこと。

心が求めているを、与えてあげないと、心は満たされないのです。

心が満たされなければ、これが「こころの渇き」、「こころの飢え」なのだ。

心の病は、そうして起きるのです。


気の世界では、「気が共振する」という原理がある。

≪正気は正気と共振する≫、≪邪気は邪気と共振する≫。

互いに気が共振すると、盛んに気が循環し、パワーアップするのです。

「類はともを呼ぶ」ってよく言うでしょう、それみたいなものなんですね。


昨日も言いました、「長嶋監督と篠塚和典の気が共振した!」の話。

1993年6月9日、金沢野球場で行われた巨人・ヤクルト戦にて、

伊藤投手×篠塚選手のエピソードもおもしろいが、それは、表舞台の側面だ。

しかし、「気功心法」実践者の私には、何よりもおもしろかったのは、その裏舞台側にある、

人間のロマンの物語だ!


こころが食べたいもの、それは「人間のロマン」だ!

こころが求めているもの、こころが食べたいもの、

それは紛れもなく「人間のロマン」だと私は思う。

篠塚さんが心身ともに≪ピンチだ!≫という時、時間がないと焦っていた彼に、

私が彼に刺激したのは、「人間ロマン」の物語だ!

これも「気功心法」のテクニックの一つです。

気功心法のファンにも、楽しんで頂きたいと思い、篠塚物語を書いたわけであります。


では、気功心法の立場からみれば、「長嶋監督と篠塚和典の気が共振した!」とは、

どんなことなのか、どんな意味なのか、それはまた明日・・・


篠塚和典物語⑩へ続く・・・

あんどうよしみ

2010年11月29日月曜日

■長嶋監督と篠塚和典の「気が共振した!」-篠塚和典物語⑧

ついこの間、篠塚さんは試合中に腰の痛みが原因でタンカーで運ばれたばかりだ。

その直後に彼は私の所に来たのですが、1993年の【6・9】のこの日、

彼は復帰したばかりだったんです。

こんな緊迫の時に、そんな腰痛から復帰したばかりの篠塚さんが!?と、

恐らく巨人ファンの皆さんはハラハラしていたでしょう。

しかし、あの長嶋監督の戦略で決めたことだから、ファンのみなさんも息を飲んで

その行方を見守っていた。

そんな時だった。


観戦客は「ワー」と、私は「あぜん・・」と、双方ともに開いた口がふさがらなかった。

篠塚さんは、2度、打席を外し、一撃でサヨナラホームランを打ったのだ!

これと同時に、観戦席に「ワー」、とすごい歓声が湧きあがって止まなかった!

観戦客の皆さんは、「ワー」と、開いた口がふさがらないほど、

言葉にならない感動の場面だったでしょう!

私は、「あぜん・・・」と、あきれて言葉にならないほど、感動させられたのです。


長嶋監督と篠塚和典の「気が共振した!」

篠塚さんが、これぞ「プロ」とうならせてしまうサヨナラホームランを打ったことはすごいと思う。

それはそれで今までの経緯からみれば、十分すぎるほどこの一撃で

彼は野球ファンの心をも打って、ファンの心の情熱をわき立たせたことでしょう。

しかし、これは≪華やかな表舞台の側面≫にすぎない。


私が「あぜん・・」と、あきれてしまうほど感動したのは、もう一つの≪裏舞台側≫だ。

つまり、陰で支える「お陰さま」、という存在のことなのです。

それは、長嶋監督と篠塚和典の「気が共振した!」、ということなのだ!


長嶋監督と篠塚和典との長年にわたっての、≪心と心のつながり≫

≪人と人の絆≫を見せつけられたのです。


表舞台の側面が、≪からだ・技術の武器≫ならば、

裏舞台の側面が、≪こころ・心気の武器≫なのでしょう。


まさに、ここぞという時に、ここぞという一撃、これが≪心気が成せる技≫なのです。


篠塚和典物語⑨へ続く・・・

あんどうよしみ

2010年11月28日日曜日

■150球目の悲劇-篠塚和典物語⑦

どんな試合だったのか、もう一度検証してみましょう。

【6・9】1993年(平5) 高速スライダーで16K 伊藤智仁、悲劇は150球目

グーグルで検索すると、こんなタイトルが出てくる。

1993年6月9日、皇太子さまと雅子さまの結婚の儀が行われた。

そして、この日の夜、金沢野球場で巨人・ヤクルト戦が行われたのです。

球場に2万5000人の観衆が集まり、野球戦の勝負の行方よりも、

伊藤投手の快投に観衆が注目していた。

伊藤智仁氏は、プロ野球ファンの間で伝説として語り注がれて、天才投手として知られている。

この日、伊藤投手にリーグタイ記録の16奪三振の栄光が目前に迫っていた。

しかし、腰痛で復帰したばかりの篠塚さんにサヨナラホームランで破られたのです。


伊藤投手に悲劇の150球目とは?

その時の様子を評論家のコメントから抜粋してみました。

もっと知りたい人は、検索してみてください。

また、動画もありますのでぜひともご覧になってください。

・・・・伊藤智仁を人々の記憶に刻み込んだのは、6月9日の対巨人戦(石川県立野球場)であったろう。この日の伊藤の投球は一段と冴え渡り、5回までに早くも12奪三振。それからペースは落ちたものの、9回2死の時点で当時の最多奪三振記録17に迫る16個をマーク。しかも、ここまで巨人をノー・ヒットに押さえていたのである。ところが、テレビを見ながら何ともヤキモキさせられたことには、ヤクルトのほうも僅か一点を取ることが出来ない。こうして試合は、0対0のまま延長戦へ突入するかに思われた。
ここで打席に入ったのは、晩年(引退の前年)の域に達していた巨人・篠塚。
この日も途中出場だった篠塚は、二度、打席を外し、伊藤の気勢を殺ぐと初球を強振、打球は一直線にライト・スタンドへ……サヨナラホームラン。
気持ち良く投げていた伊藤が、初めて投げ急いだのがこの日の150球目だった。
目前に迫っていたリーグタイ記録の16奪三振の栄光からまさに一転、奈落の底、伊藤は敗戦投手となったのである。

ついこの間まで、篠塚さんは試合中に腰痛がさく裂し、タンカーで運ばれた。

その直後に私の所に来たのですが、この日も、復帰したばかりで、

誰もがこんな時に、なぜ篠塚さんが!?と、巨人ファンのみなさんはハラハラしていたでしょう。

しかし、あの長嶋監督の戦略で決めたことだから、

ファンのみなさんも息を飲んで目を見張っていた。


篠塚さんは、2度、打席を外し、一撃でサヨナラホームランを打ったのだ。

私には、長嶋監督と篠塚さんの、「気が共振した!」としか思えないほどの

ドラマチックな試合となったのです。

篠塚和典物語⑧つづく

あんどうよしみ

2010年11月27日土曜日

■心の武器×体の武器【6・9運命の足音】-篠塚和典物語⑥

心と体のバランスが大切だ。

頭でわかっているが、具体的に何をすれば、どうすればいいのか、

考えれば考えるほどわからなくなると、私の生徒さんはよく言います。

ですから、私はよく言うんです、頭で考えることではない。

まず、「気功心法」の概念を知っておくのです。

バランスとは、半分半分じゃない、右が50%、左が50%のつりあいじゃない、

バランスとは、≪全体≫のことなんですよ。

つまり、心と体のバランスとは、≪全体の循環≫をはかることなんですよ。


体力や技術があっても、心焦ってイライラすれば破られる。

仮に、あなたが、どんなに体力があっても、どんなに技術があっても、

心が焦って、イライラ、カリカリすれば、足が取られる。

足が取られると、足元がくずれる。

足元がくずれると、ケガのもと。

そうなると、全体のバランスがくずれませんか?

ですから、どんなに技術があろうと完全なものにはなりにくい。

スポーツの対戦なら、すきをつかれ、破れて敗戦する。

物づくりなら、心がここにあらずして、欠陥品をつくってしまい、

お客さんが危険な目に遭ってしまう。


心が健全でも、体力なければ病気にかかりやすい。

逆に、心に悩みや苦しみがなく健全でいても、体力がなければ

風邪にかかりやすく病気になりませんか?

ですから、心と体は、血行みたいに循環をよくはからないとうまくいかないのです。


これが、心と体のバランス、「気功心法の概念」なんです。

篠塚さんは、よくこのことを把握していたんですね。

だから、あの天才投手の伊藤智仁氏の高速変化球を抑え込むことに成功したのです。


伊藤が高速スライダーを武器にしたのなら、篠塚は、「心の気」を武器にした。

どんな試合だったのか、もう一度検証することにしましょう。


篠塚和典物語⑦つづく

あんどうよしみ

2010年11月26日金曜日

■運命の足音【篠塚×伊藤、6・9運命の日】-篠塚和典物語⑤

【篠塚×伊藤、6・9運命の日】

もし、あなたがプロ野球のファン、または、気功心法の研究、運命学の研究をしている方なら、

ぜひとも【篠塚×伊藤、6・9運命の日】、この運命のお話を聞いてほしい。

もちろん、そうでない方、ただ興味があるだけでもいい、聞いてほしいのです。


運命の足音

今、めまぐるしく世の中が変化しているね、

それに対応できない人たちが心や体を壊して苦しんでいるようです。

でも、心配することはありません。

なぜなら、これらの変化は、≪新しき時代を迎える≫ための準備段階だからです。

今に、人類がかつて経験したことのない、見たことがない、

そんな新しいシステムの時代を私たちは迎えようとしています。

「人としての道」に反せず、「人と人との絆」を大切にして来た人たちには、

よき時代となるから、心配せずに、心と体を養生しておきましょう。

運命の日が刻々と、「その時」がそこまでやってきてますよ。

【篠塚×伊藤、6・9運命の日】が、その足音です。


誰だって≪このままがいい≫、変化なんかいやです!

誰だって、今がよければ、今のままがいい。

今が決していいとは思わなくても、これ以上悪くなるのを恐れ不安に思う。

今が悪い状態、なんとか変えたい、そう思ってもなかなか変えられない。

環境の変化は、なかなか受け入れられるものではない、いやですよね。


赤ちゃんも、ママのおなかの中、≪このままがいい≫!

でも、赤ちゃんだって、生まれてくる時は顔を真っ赤にして、オギャーオギャーと苦しそうに泣く。

それは、ママのおなかの環境から、新しい環境に変わるから、いやなのね。

赤ちゃんだって、やっと慣れたママのおなかの中の方がいい、それに居心地がいいのかしらね。

でも、自然の法則に従い、赤ちゃんも生きていかなければならない運命。

赤ちゃんでも、≪新しき人生≫を迎えるためには、変化は避けられないのですね。


「変化」がないと、人は「成長」しないのですよ。

変化=成長、これが、自然の摂理なんです。

成長しなければ、それは「不育症」になり、運命学では「死」を意味すると教えている。


「不育症」を起こすと、流産するんですよ。

ママのおなかにいても、変化はたえず続けられている。

変化しないと成長しない。成長しないからこれが「不育症」だ。

そうなると、生きていけなくなって、死んでしまうのです。

だから、変化を恐れないことだ!


どんな人生だって、あらゆる環境の変化がおきる、これは避けられない運命なんです。

でも、どんな残酷な環境の変化でも、その変化に対する順応する力、適応する力、

対応する力があればいい。恐れることはない。


【篠塚×伊藤、6・9運命の日】、このエピソードが、

「変化×対応」の力を身につけるヒントとなるのではないでしょうか。

私が、このエピソードをお話することで、あなたの役にたてれば幸いです。


篠塚和典物語⑥つづく

あんどうよしみ

2010年11月25日木曜日

■伊藤投手は凄い!【6・9運命の日】-篠塚和典の物語④

昨日のつづき。

では、伊藤智仁投手の凄さとは何なのか?野球をよく知らない人のために、

ウィキペディア・フリー百科事典からそのまま一部を転写しましたのでご覧になってください。

また、もっと知りたい人は、ウィキペディア・フリー百科事典の記事を読んでください。

最速153km/hのストレートと真横に滑るような高速スライダーが武器。

実働期間こそ短かったもののその実力は非常に高く評価されており、全盛期に伊藤の球を受けていた捕手の古田敦也は「あの高速スライダーは捕手だからなんとか捕球出来ているが、もし自分が打者だったら絶対に打てない」と賞し、プロ野球評論家の青田昇は「プロ野球史上で本当のスライダーを投げたのは、藤本英雄、稲尾和久、伊藤智仁の三人だけ」と評価し、そして当時の監督だった野村克也をして「長いこと監督をやってきたけど、あいつがNo.1だよ」(フルタの方程式7月号にて)と言わしめた。

1993年6月9日の石川県立球場での巨人戦、8回まで無失点、さらに当時のセリーグタイ記録である16奪三振をあげるが味方の援護もなく0-0のまま迎えた9回裏、篠塚和典にソロホームランを打たれサヨナラ負けを喫する。この後悔しさのあまり自軍ベンチに向かって自分のグラブを投げつけたことについて、ルーキーらしからぬ態度だと非難する声が上がる一方、それぐらい悔しがっていいと擁護する声もあった。なお「負け試合における」1試合16奪三振はこのケースが初めてである。

デビュー以後はひじの痛みと肩の故障に苦しみ、一転して悲劇の野球人生を歩むも、

プロ野球史上ナンバー1の最速投手との呼び声も高く、未だその圧倒な投球は、

プロ野球ファンの間で伝説として語り継がれている。


と、このようなコメントも多く、動画もたくさんあるので、知らないという人はぜひとも

一度ご覧になってください。


凄い凄いとは聞いていたが、こんなに凄いとは知りませんでした。

私は、改めて伊藤投手の天才ぶりに感動したものの、その華かな一面の影に、

彼もまた、篠塚さんと同じく、酷く体の痛み(ひじの痛みや肩の故障)に

苦悩されていたことを初めて知りました。

その心の葛藤を思うと、気が共振したのか、本当に無念で、

とてつもなく切ない気持に陥りました。


悲劇的な野球人生!?

しかし、彼は悲劇的な野球人生だという書き込みも多い。

「あれだけの天才が悲劇な野球人生はないでしょう!」

と、私の心の中で思わず悲鳴が上がった。


これだけ素晴らしい若い人材が日本にいて、なぜ選手生命が短命に終わったのか、

実にもったいない、まことに遺憾な話だ!



                             篠塚和典⑤つづく

あんどうよしみ


2010年11月24日水曜日

■運命の日【6・9】エピソード-篠塚和典の物語③

めまぐるしく「変化」する時代に、「対応」する力を養おう。

今の世の中、めまぐるしく変化していますね。

社会が変化すれば、当然私たちの生活にも影響を及ぼします。

また、人は、環境や人間関係の変化に対して、順応する、適応するまでには、

それなりの時間がかかります。

その時、人の≪心と体≫は不安定になりやすい。

なかなか慣れない人はストレスになりますね。


「変化×対応」の時代ですよ。

たまに変化もいいだろう。

しかし、変化がひんぱんであったり、急な変化、強すぎる変化に、人はなかなか耐えられません。

これを波乱万丈と人はいう。

ですから、めまぐるしく変化する世の中に応じる力の、

≪対応の力、応用の力≫を身につけておきたいものですね。

あなたの、≪対応の力、応用の力≫は、いかほどですか?

これから、この「変化×対応」にまつわる篠塚和典のあるエピソードを紹介したいと思う。


【6・9】エピソードは、有名な野球物語ですよ。

1993年6月9日、金沢野球場で行われた巨人・ヤクルト戦に起きた出来事ですが、

元巨人軍の野球名選手・篠塚和典×元ヤクルト天才投手・伊藤智仁のお話。

このエピソードを通じて、いかに伊藤投手は「変化球」を投げる名人か、

いかに篠塚選手はそれに「対応」した名人かを知ってほしい。


この2人の名人だから、こんなエピソードがある。

この2人だからこそ、「変化×対応」がこんな形で見れる、ここがおもしろい。

また、ここから学ぶものも多いので、最後まで読んでほしい。


二人は運命にして、私たちに多様化していく時代、

この変化期を生き抜くヒントを教えてくれているのかもしれない。


日本の歴史に刻まれる、運命の日「6・9」

1993年6月9日、皇太子さまと雅子さまの結婚の儀が行われた。

成婚パレードの沿道には約19万人が集まり、そのテレビ中継の最高視聴率は

79.9%を記録したという。

この日は、休日とする法律が制定されて休日となった。


語り継がれる日本の男たち-名人・篠塚和典×名人・伊藤智仁

この日の夜、金沢野球場で行われた巨人・ヤクルト戦もまたドラマチックであった。

球場に2万5000人の観衆が集まり、野球戦の勝負の行方よりも、

1人の投手の快投に観衆が注目していた。


「変化球」をなげる、バケモノみたいな投手??

その投手とは、元ヤクルト・伊藤智仁投手、当時24歳。

彼は天才投手だそうです。

最速153km/hのストレートと真横に滑るような高速スライダーが武器。


しかし、正直言って、私には野球のことがよくわかない。

スライダーの意味すら知らないのに、いきなり「高速スライダー」だなんて言われても、

「それ何?」って感じでした。

つまり、高速の変化球だそうですね。


腰痛から復帰したばかりの名選手―篠塚和典

当時、私は篠塚さんの腰痛で、≪内気功とメンタル(気功心法)≫を指導している関係上、

篠塚さんが出る試合には、いつも篠塚ファミリーと一緒に球場にいって観戦するか、

テレビで見るか、そうして篠塚さんの腰の様子を見守っていた。この日も例外ではなかった。


「伊藤は、バケモノなのか?」と、世間でそう騒がれているほどの天才投手だ!

私は周りの人にそう聞かされた。

とにかく、彼が投げたストレートの球と鋭いスライダーは目を見張るものがある。

相手のチームの伊藤投手は、何やら凄い男らしい。


「そんな凄い男、篠塚さんの腰大丈夫かな…」と、私は篠塚さんの腰が心配だった。


篠塚和典物語④つづく

あんどうよしみ

2010年11月19日金曜日

■名打者は人の心をも打つ!-篠塚和典の物語②

プロのスポーツ選手に、体と心の「痛み」はやまない。

スポーツは、人と人のコミュニケーションをとるため、

または自分の健康のため、または趣味として楽しむ分には、最高のものだ。

しかし、それをプロとしてやっていくには、かなり体を痛みつけることになり、

体を過労させてしまい、あらゆる体の痛みや

心の病を招いてしまうことは、言うまでもないでしょう。

プロ野球選手、プロサッカー選手、プロゴルファー、マラソンやボクシング…等々、

みんなもテレビで見ていて知っていると思うが、

彼たちは日々酷な技術の鍛錬が課せられケガは免れないのです。

一般の方なら、ケガすれば休めばよくなっていく。しかし、彼たちはそうは行かないのです。

一つのケガが持つ痛みがまだ治まらないうちに、さらなるケガの痛みが重なっていく。

それでは治る時がないというのです。しかし、これが彼たちの宿命というものなのかもしれない。


何が悲しくてそんなつらいことをするの?

テレビや雑誌では、彼たちの華やかな姿が映っている、しかし、

傍で見るほど彼たちは華やかな姿だけではないのだ。

「そのぐらいのことなら、誰でも知ってるよ」と、あなたは言うかもしれない。

いいえ、頭でそうわかっていても、現場を見ないとわからないと思う。

そのもう一方で≪奮闘する体と葛藤する心≫の凄まじい光景は

本当に普通の心境では見ていられない。

そのつらさや苦しみは、ご本人やご家族、

その周りのお世話係りの者にしかわからないものがある。

ウォーキングしかやらない私には、何が悲しくて

そんなつらいことをやるのかな、と思ってしまうのです。


篠塚和典は、プロの精神(心)、スポーツの魂を教えてくれた。

しかし、プロというものの、プロの精神、スポーツの魂、その根性を私に教えてくれたのが、

紛れもなく、篠塚和典というプロ野球の名打者だ!


彼の持病である「脊椎分離症」の腰痛を治すために、私は彼に「気功心法」を教えた。

彼は、見事に短期間で「痛み」を克服して復帰し、その直後に劇的な歴史に残すような、

さようならホームランを打った。

その日、日本列島は、昼は皇太子ご成婚のパレードにわき、

夜は彼のこれぞプロとうならせてしまうさようならホームランでわいた。


テレビでは、そんな華やかな彼の姿が映っていたでしょう。

しかし、私には彼のそれまでの、もがくような体の痛みと凄まじい心との戦いを知っていた。


「気功心法」は、痛みを克服し、精神力を高める技。

「気功心法」の気功とは、パフォーマンスのような気功ではない、大変地味な「医療気功」です。

だから、体の「痛み」には効果的だったのかもしれない。

しかし、おさまった痛みは、おとなしくして、しばらく休みをとって療養しなければ、

すぐにまた「痛み」が出てくるものです。

ご存じのように、現役のプロ選手には、ケガをゆっくり

のんびりと療養して休む時間がないのです。

それならば、「心法」で精神力を高めていって、「痛み」を自分でコントロールし、

超越するしかないのです。


そう言っても、「心法」は、心のメンタルケアなので、気功法と違って、

目に見えるような動作の鍛錬方法ではない。

だから「心法」というものは、なかなかそううまく相手に伝えられないものですし、その上、

自分で養生して自分でケアをしていく、自分でコントロールできるようになるまでには、

それなりの時間がかかる。


しかし、彼は、さりげな私のそんな心配を吹っ飛ばしてくれた。

私は、あきれるほど彼のプロ精神に「感動」した。


そういうわけで、彼がいかに、「名打者は人の心をも打つ!」者であると、私は言ったわけなんです。


あんどうよしみ

2010年11月18日木曜日

■気功心法で「痛み」を克服-篠塚和典の物語①

誰でも、体の痛みは我慢できない

体が病めば、心も病んでいく。

特に、体の痛みは、本当に我慢できないものなんですね。

体の「痛み」、いろんな痛みがあるんでしょうけど、誰でも一度はこんなつらさを

体験していると思う。

体が痛みを感じれば、心もつられて、「つらい」と感じるのです。

仮に、あなたが転んでヒザを打った時、或いは、ナイフで手を切ってしまった時、

そんな時、瞬間に激しい痛みが走るでしょう。

それと同時に、心もギュッとしめつけられたみたいに、

「あ~、いったい」と、何とも言い様がない状態に陥る。


「痛み」があっては、人は「人格」がなくなる
-兵頭正義教授の言葉。

どんなに、人の体や内臓の形に欠陥がなく、疾患がなく整っていても、

そこに「痛み」が生じれば、その人の心に安らぎがなくなってしまう。

だから、「痛み」をとってあげないと、「痛み」があっては、人は「人格」がなくなる。

「痛み」は、医療の原点である。

そう言ったのは、ペインクリニックという学問の草分け的存在であり、

日本における痛み治療の最高の権威者、大阪医大の兵頭正義教授である。


痛みにも、いろんな「痛み」がある。

たとえば、チクチク、ヒリヒリ、ジリジリ…と痛い。

まるでハリが体を刺しているような、火あぶりされているような、そんな痛み。

ガンガン、ズンズン、ドクンドクン…と痛い。

まるで外からハンマーで叩かれているような痛み、中で爆弾をかかえているような痛み、

重い石がのっているような圧迫の痛み。

どれだけ痛いのか、どのような痛みなのか、血圧測定器で血圧の数字を測るみたいに、

「痛み」は測定して数字に表すことができない。

だから、医者は患者が訴える言葉が頼りですね。


「痛み」は、医療の原点である-兵頭正義教授の言葉。

仮に、あなたが、「痛い、痛い、死にそうに痛いです!」と訴えれば、

傷口がなく内的な器官も問題がなければ、それだけ医者もたくさんの鎮痛剤を出すでしょう。

また、あなたが「痛い、痛い」って騒げば、医者は落ち着いて診察ができない。

だからひとまず痛みを鎮静させてから、ゆっくりと診察していくでしょう。

そういうわけで、兵頭正義教授は、「痛み」は医療の原点であると、言ったわけなんです。

つまり、体が痛い痛いでは心も痛い、そのような人に

「我慢しろ、騒ぐな、静かにしろ!」と言う方が無理があるでしょう。

ですから、「痛み」があっては、誰だってそんな時は「人格」がなくなる、

と兵頭正義教授がそう言いました。

痛みはそれほど、人の心をパニックにさせ、ゆううつにさせてしまうのものだからですね。


出口のないトンネル、慢性的な痛みは、本当につらい!

ケガや切り傷の痛みの場合は、傷口が治れば痛みもいずれ治まっていくでしょう。

しかし、慢性的な内臓疾患の痛み、或いは、

脊椎分離症(脊椎の上下の関節突起の間が切れたもの)などの症状は、

腰痛や足のしびれが伴い、そのゆううつさや煩わしさ、つらさなどは、

患った経験のない人にはわからないでしょう。

それはまるで、出口のないトンネル、終わりのないマラソンに立たされた思いで、

患者たちの心も日々そんな痛みに蝕まれていくのです。

そうして彼たちは、身も心もボロボロだ、と訴えるのです。


痛みについて話す時、篠塚和典の物語を語らずには始らない。

これから、体の「痛み」について触れていきたいと思いますが、

そんな時、私はある方の物語を語らずにはいられないのです。

その方とは、「篠塚和典」、彼は日本プロ野球界の歴史に名を残した名選手だ。

また、私が提唱した「気功心法」を実践し、見事に自分のものにした一人でもある。


篠塚和典、彼が現役時代に「脊椎分離症」の持病に悩まされていたことは有名なお話。

試合中にタンカーで運ばれたこともあるほど、彼の症状はかなりひどいものだった。

専門医によれば、「まず、選手をやめることだ」。

つまり、選手生命には致命的な症状であったということです。

言うまでもないが、彼には使命感や責任感が強く、そう言われたからと言って、

「はい、やめます」なんて、そういうわけにはいかなかった。

彼がどのように「気功心法」を駆使していったか、それは明日以降からのお楽しみ。

とり急ぎここで、彼は自分の痛みを克服しただけでなく、人の心をも感動させる、

≪気功心法の達人≫でもある「名打者は人の心をも打つ!」

ということをお伝えしておきましょう!



あんどうよしみ

2010年11月17日水曜日

■なぜ心病むの?人生の幸不幸、誰が決めるの?

「心の病」、今に日本中で流行すると警告した!

光陰は矢の如し、私が「気功心法」 を出版したのは1995年、あれからもう15年。

本の内容は、私個人の「生き地獄体験」から、いずれこんなことが日本中で流行するだろうと

いやな予感がして、みんなにその危機を呼びかけたものです。

その危機とは、「心の病」だ! そこが、生き地獄だ!


姿を現さない、巨大な≪お金オバケ≫!
お金は「人格」さえ買えるの!?

時代はバブル、実力もなければ、その実態もないお金制度、

その印刷札束が泡のようにブグブグと膨れ上がっていった。

お金というオバケだ!

お金さえあれば何でも手に入る、あたかも「人格」さえ買える、そんな風潮だ。

お金は、あらゆる災難から自分を守ってくれる、身の安全を確保してくれる、

お金は、自分の心の平安も得られる、他人の心さえも買える。

笑いが止まらないほど、印刷束は大人の間で大人気だった。

親は自分の幼い子に言う、「あの方すごいのよ、すごいお金持ちなのよ」

「大きな家に住んでるのよ、高級車に乗ってる」「あっちこっちで別荘を持っている」

お金がたくさんある人は、実に偉いお方だ!

お金がたくさんある人も、自分が実に偉いお方だ、と思っているみぶりをしていた。

はだかの王様が、あっちこっちで、溢れていた。


怠けた生き方、そのつけは、今自分に返還される。

≪類はともを呼ぶ≫というように、「気は共振する」、と、私は警告した。

みんながそういうのりだったから、感染症のように日本中に広がっていった。

社会の大人がそうだから、子供も育たない、荒れるのは当たり前だ。

なぜなら、大人が夢中になっているのは、お金だ、子供の顔を見てないからだ。

子供は産んでも、ちゃんと顔を見て育てなければ、子供は育たない。

今、その幼い子供たちが30歳を迎えようとしている。

大人たちの怠けた生き方、そのつけは、自分に返還されるだろう。

これは、「因果の法則」という、自然法則なのです。

私は罵っているのではない、諭しているわけでもない、

人間の礼儀として他に危険を知らせる、警告しているだけです。


心を見失うと「心の病」に侵される。

私は、28歳という若さで、ある日突然右目が見えなくなった。

10日間の入院検査を受け、日本一と言われた専門の医師に診察してもらった。

結果は「黄斑変性症」と診断された。

検査では、視神経がつぶされているのは明白。

しかし、医師には、つぶれている原因がわからない。治療の手立てもない。

私は、この病気は≪治った前例がない≫と言われ、失明の宣告を受けた。

≪病気は医者が治すものだ≫、そう大人やまわりの人たちに刷り込まれていた。

自分もそうだと思い込んでいた。

ですから、私は医師に見放されたと思いこみ、心身ともに生き地獄に陥った。


「医師の医徳」が、気功心法へと私を導いてくれた。

治療の手立てはないが、とりあえず、意味もなく副作用の強い薬をすすめられた。

退院する日、医師は、薬がもたらす恐ろしい副作用をよく私に説明してくれた。

今、私はこの医師の≪医師としての義務≫を果たしてくれたことに感謝している。

この医師は、薬を出しっぱなしにしなかった。検査任せにしなかった。

親身になってよく診察をしてくれたこと。病気の原因をあれこれと探して研究してくれたこと。

何よりも、大切な薬の恐ろしい副作用を説明してくれたことです。

医師は、「あなたの病気は治らない」とは言わなかった。

「僕には治せない」と正直に言ってくれた。

もし、薬の恐ろしい副作用の説明がなかったら、私はその恐ろしさに気づかず、

セキュリティしなかったでしょう。

私は努力して薬をやめた、その替わりに「気功心法」で自分の心と体を養生した。

これもあの時の医師のおかげ様です。

結果的に、自分の養生が奇跡をもたらしたのです。


体の生き地獄とは、薬の副作用だ!
体のつらい症状

2週間飲んだだけで、医師の説明の通り、薬の恐ろしい副作用が私を襲いかかった。

ほかの身体の機能までがやられて、普通の生活を送ることができなかった。

顔が白鬼のように膨らんで、髪の毛がまっ白になっていく。

体の温度が自分で自制できない、急に熱くなってほてる、急に冷えて悪寒がする。

アレルギーに似た症状で、体中が細かい針に刺されているようなチクチク感、

そうすると死ぬほど痒くなる。

ちょっとした段差でつまずくようになり、歩くのが怖くなる。

心臓がパクパクして、えぐり取られるみたいだ。

日々の生活の中で、思うように体がコントロールできないって、

こんなにつらいことなんだと、つくづく思い知らされました。

いっそうのこと死んだ方がましだと何度もそう思いました。


生き地獄の中継

地獄に閉じ込められた思いだ、まったく自分の意志が許されない。

今日は、閻魔大王に何の刑が下されるのかな…、

どんなつらい症状になるのかな、鍋に入れられる日かな、

それとも氷山に放置される日なのかな、針の山の刑かな、

それとも無数の虫に食われるのかな…。

これが私が体験した生き地獄、その中継です。

だから、私には、病気する人のつらさが身に染みるほどわかるのです。

体が病めば、心も病む。

言うまでもないだろう、心も体と同様、地獄ゆきなんですよ。


「最高の名医は自分であり、最高の妙薬は体内にある。」
気功心法の理念は、こうして生まれたのです。


こんなに不幸な人っているの?こんなに呪われた人っているの?

私は、死ぬことができなかった。だから、生き続けることを決心した。

お金は、私の目を買い戻すことはできない。

どんな最高の専門職業の人にお金や札束を積んだ所で、私の目玉は買えない。

私は、お金で高級車のベンツを買ったが、でも、その車を自分で運転して楽しめない。

私は、子供を産んだが、でも、その子の顔が見えなくなり、抱きしめることができない。

こんなになってしまって、こんなにみじめな人、こんなに不幸な人、

こんなに呪われた人、こんなに神から祝福されない人って、

ほかにはいないだろう、と、そう私は思った。

今、そう思いだしただけでも、涙が出てくる。


こんなに楽しい人生ってあるの?こんなに神から祝福された人っているの?

私はすべてを失ったと思っていた。

しかし、今に思えば、私が失ったのは、≪自分がつくりだした自我≫だ!

おかげ様で、私は天に与えられた能力に気づいた。

「天の覚醒」だ。つまり、お天とう様に気づき、気が共振した!感謝の心が蘇ったのだ。

私は、まだまだ、天に与えられた能力の1%も生かしていない。これに悟ったのです。

片目がなくても、もう片目がある。両目がなくても耳がある、口もある。五体もある。

ほかにもまだまだ沢山ある。

以来、≪自分に「ある」を数えた≫。≪自分に「ない」ものは数えない≫ことにした。

日々天に手を合わせて「ある」ことを感謝した。


私は、こう発想の転換をした。

日々生活の中で、≪自分にないものを悔やむ≫より、
日々生活の中で、≪神からの贈り物に感謝する≫ことを実践した。

そうしたら、私は、まるで生まれ変わった!


人生の、幸不幸、誰が決めるの?

お金?職業?地位?それとも、あなたのお母さん?あなたのお父さん?

気功心法の理念、信じる信じないは、あなたの自由。

これだけは、今の世間様に言いたい、

私たちの住む空間は、「天人地合一」にある。この法則を無視して、

天に唾を吐くもんなら、今にその唾が自分に倍となってかぶるだろう、

地を見下すもんなら、今に足元を取られるだろう、

人の心を失えば、今に≪人の道≫を失くすだろう。

そういう者は、≪バケモノの道≫をゆくであろう。

お金を拝み、職業を拝み、地位を拝み、偶像を拝んでも、ご利益は生まれない。

今に人は知るだろう、「その時」が来たからだ!


あんどうよしみ

2010年11月15日月曜日

■心は天国をつくり地獄をつくる

気功心法の言葉―「心は、天国をつくり、地獄をつくる。」

生きながら心が地獄を味わう、これが「生き地獄」なのだ!

私は、人の生前の行いが悪いと、死んでから「地獄」ゆき、そう思っていた。

しかし、私は死んでからではなく、生きながらに人の心は天国をつくり地獄をつくる

ということを体験した。


1995年、私はこの体験を「気功心法」というタイトルで本に収めました。

そして日本文化出版社で出させて頂きました。

本は売り切れてずいぶん前に絶版となり、残念ながら再版の予定はありません。

最近、インターネットで中古書店の販売のおかげで、この「気功心法の本」が再燃し、

私のもとに読者のお手紙が届き、今でも枕もとに置かれ愛読されているようで本当に光栄です。

有難うございました!


また、先日、体調を崩され、ずいぶん前に買った「気功心法」を読み返してくれている読者から

メッセージが届きましたので、ここで私のメッセージを送りたいと思います。

お役に立てれば幸いです。


「病気しても、病人になるな!」

もし、あなたが重い病気なら、この言葉を自分に言い聞かせてあげてください。

「病気」は体の病、「病人」は心の病なんです。

これが、病気で苦しんでいる人たちへの「心法」です!

病気はしているが、病気を≪苦に思うな≫、という心がけです。

苦に思ってしまうと、これが病人になってしまう、ということです。

なかなか治らない病気は、長期戦だと思えばいい。

なぜなら、なかなか治らない病気なんですから、焦っては心まで蝕ばまれるからだ。

じっくりその病気と付き合えば、養生の方法の糸口が見つかります。


痛みは体で感じるもの、苦しみは心で感じるものです。

体を養生して免疫力を高めれば、血行の循環もよくなり、痛みも抑えられます。

心が苦に思わなければ苦は消える。

苦も痛もなければ、季節の作物を日々の食事に取りいれて、おいしく感じて味わおう。

季節のお花を部屋に飾って、「おまえはきれいだね」と声をかけて気を共振しょう。

晴れた日は、外に出てウォーキングをしましょう。

雨の日は、音楽を聞いて、心をはずませよう。

ひと呼吸、ひと呼吸を感じて、生きているそんな自分を好きになり喜びを感じとろう。


病は止まない。

やまいは、やまないものです。

一つ病気が治って、また次の病気がやってくる。

病気は、よくなって、悪くなって、当たり前なんです。


≪病気の完治≫ではない、大切なのは≪元気を取り入れることだ≫。

私は、「黄斑変性症」の病気を患い、今年で26年になる。今だ再発していない。

この病気は、「完治」しないから通院して検査で様子をみる必要がある、

そう医者に言われたが、私は通院していない。

なぜなら、一時的に病気がよくなっても、また再発すると言われたからだ。

そうであるならば、検査は治療ではない、養生がポイントとなる。

病気の「完治」、それは私の問題ではない、私に必要なのは、いかに私が元気であるだ。


お釈迦様が言った、人は「生死病老の苦」から逃れられない。

そうであるならば、それを「苦」に思ってもしょうがない。

そうだとすれば、なおさらのこと、今という「ひと呼吸」を味わって喜びにした。

私はこれを実践しました。

そうするとどうでしょう、私は26年間一度も寝込んだことがないのです。

                                       
あんどうよしみ

2010年11月13日土曜日

■気功心法―負けないこころのレシピ。

私たちは、歯で食べ物を食べます
食べ物は、体の栄養

「感じる」は、こころの歯
愛や思いやり、体験は、こころの食べ物、こころの栄養

ウンコや尿は、からだの排泄物
食べ過ぎは、便秘や肥満のもと
氷やアイスクリームの食べ過ぎは、冷えのもと

イライラ・クヨクヨ・メソメソは、こころの排泄物
怒りや憎しみ、嫉妬や欲張りは、こころの肥満
不満や不安は、こころの便秘のもと

からだの栄養をとり、運動して、からだを養生しましょう!
こころの栄養をとり、人を愛し思いやりを注ぎ、こころを養生しましょう!


あんどうよしみ



まけないこころのレシピ
こころに効くやさしい東洋医学の知恵「気功心法」


著者:あんどうよしみ
発行:マーブルトロン
発売:中央公論新社
  2003年刊
価格:1660円(税込)

2010年11月12日金曜日

■気功心法―あなたの心と体が叫んでいるよ!

誰でも疲れを感じる。

あなたは今、疲れを感じていますか?

どんな感じの疲れですか?

生きていると、誰でも疲れを感じます。


あなたの≪こころ≫と≪からだ≫が叫んでいるよ!

からだで言えば、疲れているのは、どの部分?

たとえば、目の疲れ? 頭が重いの?

それとも、肩がこって痛みがあるとか? 腰が痛くて座っているのいがつらいとか?

ちょっとしたことですぐにお腹が痛くなり、下痢してしまうとか?

生理前や生理中の痛みはどうですか?

便通がよくなくてすっきりしないだとか……。


では、こころの疲れはどうですか?

胸がしめつけられるような感じですか?

息が途切れて続かない感じですか? 詰まるような感じですか?

ドキドキ、バクバク…、苦しい感じがしますか?

やりたいことをやっているのに、おもしろくない、楽しめない感じだとか?

ほしいものが手に入ったのに、喜べないだとか?

そんなにひどくはないけど、漠然とこころが何か重い感じがするのですか?


こういった「疲れ」を感じるなら、それは、こころとからだからの、あなたへの警告のサインです。

からだをやすめー運動しろー! こころを切り替えてー発想転換しろー!

と、あなたに訴えているのです。

あなたの、≪こころ≫と≪からだ≫が叫んでいるよ!


中国医学の「未病(みびょう)」とは、≪プチ不調≫のこと。

これらの諸症状は、病気とは言えません。

中国医学では、「未病」(みびょう)と言います。

健康と病気の間の症状ということですね。

私は、「プチ不調」と呼んでいます。


「最高の名医は自分であり、最高の妙薬は体内にある」

24時間、自分に付き合えるのは、自分しかない、

早めの「気功心法」をおすすめします!


あんどうよしみ




著者:あんどうよしみ
発行:マーブルトロン
発売:中央公論新社
  2003年刊
価格:1660円(税込)